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冨安由真 - Making All Things Equal / The Sleepwalkers at ART FRONT GALLERY

日常で意識していることのおぼろげさと不確かさを認識する。

「冨安由真 - Making All Things Equal / The Sleepwalkers」

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冨安由真は1983年東京出身。

心霊現象や超能力といった科学で解明できないこと、または説明がつかない現象は、科学万能の現代においては「オカルト」と呼ばれ、目の錯覚や精神面での不安定が生み出す幻想のように脈略のない価値観として排除される傾向にある。しかし冨安はあえてそのことに目をむけ、自らの幼少時の体験に加え、このような現象を体験した人々の声に耳を傾け、これら「日常における奇妙な体験」を彼女のイメージを元に再現された部屋型のインスタレーションの中に仕掛けを組み込みそのシチュエーションを現実のものとして創造する。

その空間に立ちいったものは、まるでホラー映画の一場面に迷い込んだかのようにそれらの現象を体験するなかで、現実と非現実の狭間を見失い、ありもしない仕掛けの話をし始める。 説明のつかない現象と証言がこの作品より生まれてくる頃に、現代の科学者気取りでそれらの現象を否定してきた我々は思いも寄らぬ非現実に出会い、そこで初めて現実の不確かさを知ることになるのである。冨安の作品は昨年森美術館で話題になったレアンドロ・エルリッヒや、各地の芸術祭において高い集客率を誇る目など、近年流行っている体験型という点では近似でありながら異なるだろう。冨安のインスタレーション作品はお化け屋敷のような単なるエンターテイメントではなく、その空間での体験を通して、経済と科学の発展が否定し見落としてきた不確かな存在への新たな扉であり、そのシチュエーションを観客に用意するステージ型インスタレーションと呼べるかもしれない。アートフロントでは今回、このステージ型インスタレーションにアップデートを施した最新版と数点のペインティングを発表する。資生堂やTARO賞で見逃した方には必見の展示となるかも知れない。アートフロントの作家の中でも新世代を感じる冨安の新作を是非ご高覧いただきたい。

とにかく奇妙な体験だった。

入口を入るとそこには何かおかしな空間が広がっている。確実に部屋であるという認識はあるんだけど、なにかがおかしい。

最初はそれしか思わないんだけれど、段々とその奇妙さが肥大していき、見ているもの、聴いているもの、知覚しているものの感覚が麻痺してくる。

それ自体が怖くもあり、不思議でもあり、とにかく変な感覚としか言いようがない感じがする。

そのうちに錯覚や幻聴のような感覚にすら陥り、色々と疑って見てしまう。未だに気になってしまうのが、入口を入って右手のベッドがある部屋の電球。あそこに止まっている蝶が動いたのを一緒に行った相手と見たんだが、あれは本物なのか。それ以降動いていないので何とも言えないけど、作り物にしてはリアル、本物にしてはずっと止まっている不自然さ。どちらにしろ謎です。

冨安さんの作品の特徴は、現実と非現実の狭間を意識させるところにあるらしいが、正にその感じが小物に至るまで行き渡ってます。

人間の感覚は雑多な中で感じる以上に、静かな環境で研ぎ澄ませて感じる方が多くを感じられるなと改めて感じました。

ペインティングも幻想的で、艶のある油彩が立体的な世界観を際立たせていたし、配色がとにかく綺麗だった。

人物の顔がしっかりと描かれた作品が無いのが印象的で、人の表情という表面上の一番分かり易いリアリティを排することで、より一層のファンタジー感を強めていたように思えた。

それと同時に、人が人を理解するときにどれだけ表情から読み取っているのか、それが無くなった場合、どれだけその人を理解できるのだろうか。意外にも表情が無いと仮定するとそのひとをネガティブに捉えがちな気がしたわけだけど、動物はほとんど表情が無いのに、そういった印象を受けないところから謎は深まるばかりである。

まあその為に人間には言葉があると言えばそれまでなんだけど、あくまでも人の表面上での理解はその程度なんだと思った。

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とにかく2/3日までやっているので気になる方は是非。

一月物語

夢と現をさまよう感じが妙に心地よい。

「一月物語」

明治三十年、奈良県十津川村。神経衰弱の気鬱を逃れ、独り山中をさまよう青年詩人・真拆は、老僧に蛇毒から救われ、山寺に逗留する。

俗世から隔絶された奇妙な時空の中で、真拆はいつしか現実と夢界の裂け目に迷い込み、運命の女と出逢った。それは己の命を賭けることでしか成就しない愛、だが、刹那に失われる運命の愛だった…。

古典的風格さえ漂う端麗な筆致で描かれた聖悲劇。

以前ゴロウデラックスに出演していて非常に興味を持っていた平野啓一郎氏。

デビュー作である日蝕を買おうと思ったのに、なぜか気になり手にした本作。読み始めてすぐに、その世界観に引き込まれました。

使われている漢字も難しいし、文体も非常に古典的で決して読みやすいとは言えない内容。さらに幻想的なストーリーときたら、読みにくい事この上ない 。それなのに何なんですかね、惹かれたんですよ。場面設定が意外に現代的で、絶妙なバランスを保っているからでしょうか。

冒頭の主人公鬱設定なんて現代の抱える大問題ですし、スピード至上主義の昨今に対しての作中のタイムレスな感覚。いつの時代も変わらない問題がある中で確実に蔓延している情報への疲弊感を感じます。

一方でその社会から離れ、旅に出て、気を癒す。その道中で悩み、思うのは夢のことのみ。情報が削がれた上で残るのは真の欲求のみということでしょうか。

自我とは、夢とは、現とは。そんな現代社会でも抱える悩みを抽象的に神話化し、文体や漢字で強制的に別世界へ誘う感覚に惹かれたのかもしれないです。

やはり今の時代にある種の強制は善だと思うので。

ということで他の平野氏作品も読んでみようと思います。

アーセナルvsマンチェスターユナイテッド~FAカップ編~

守備陣崩壊。

アーセナルvsマンチェスターユナイテッド

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ここのところ何回か見られていた崩壊ではありますが、今回はCB完全崩壊です。

こんなメンバーでプレミア4位以内を狙うのは不可能に感じてしまいますが、果たしてEL制覇も不安になるメンバー構成です。とにかく補強をお願いします。

全範に限った話ですが、攻撃陣は結構良かった気がします。

ラムジーの気の利いた飛び出しは相変わらず気が利いてるし、イウォビの成長は止まらないですし、ラカゼットの攻守に渡る貢献はモンスター級ですし。

まあエジルのパフォーマンスが気になりましたけど、正直守備陣が急造過ぎて、色々と判断が鈍ります。

まぁ収穫といえばFAカップとはいえ、ユナイテッド相手にある程度善戦(前半)できたのはリーグ戦でも自信に繋がるんじゃないでしょうか。

それにしてもユナイテッドの攻撃陣は恐ろかったです。ベンチメンバー含めて層厚すぎです。

監督変わるとあんなに変わるものなのか、全員別人かと思うほどです。

STARMARKET JAPAN TOUR 2019~FEVER編~

 予想以上の感動。

STARMARKET JAPAN TOUR 2019~FEVER編~」

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そこまで聴きこんできたわけではなかったんだけど、かなり楽しめました。

あの時代のエモ感、熱量、あれは体験しないとわからない何かがあるなと再認識したライブでした。

オープニングからまるで映画を彷彿とさせるような演出、あれで気分はどんどん盛り上がり、ライブスタート。

登場からの演奏で、音の厚み、的確なメロディラインに震えました。

会場の雰囲気も良くて、終始いいテンションが続き、ライブ自体のセットリストも非常に良い構成だったように思います。

個人的には3rdが好きなのでその曲の時は特にアガりましたが、ホント全曲良かったです。お世辞抜きで。

それにしてもエモ系バンドの音の重層感って、ライブで聴くとホント音の波に溺れてるって感じがして、病み付きの体験な気がします。

 いやぁ、いい一夜でした。

ちなみにセットリストは↓

1:Hollowminded
2:Coming From The Cold
3:Losing Track
4:Ten Seconds
5:Cozy And Warm
6:North
7:Amber
8:Baby's Coming Back
9:Your Style
10:Into Your Arms
11:Cologne
12:Wither
13:Count With Fractions
14:Worn out
15:Repetition
16:Everybody's Gone
17:Safe Bayou
アンコール #1
18:Endless
19:Carry On
20:November
21:So Sad
アンコール #2
22:Hate You Still

カタストロフと美術のちから展

破壊と創造の振り子構造を確信した。

「カタストロフと美術のちから展」

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丁度タイミング的にこういったことを最近考えていたので非常に楽しめました。

blcrackreverse.hatenablog.com

 で挙げたような振り子構造。今展示では破壊と創造によるもの。そういった矛盾に満ちた作品や理屈では説明できないことなどを感じさせられた展示でした。

気になった作品をいくつか。

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ホァン・ハイシン「誕生日の危機のスタディー

誕生日という祝い事において、危機はどこにあるのか。危機が喜劇的に見えるあたりに妙な感覚を覚えるし、日常の狂気性みたいなものが炙り出されている気がしてぞっとした。

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ヘルムット・スタラーツ「つねに、もっと」

何を描いているのか以上に、作品の存在感と異質さ、そして何よりこの絵の中に動物の血液が使われているという点に驚きを覚えた。

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ミリアム・カーン「原子爆弾
不覚にも原子爆弾という悪しきものに対して美しいと思ってしまう。矛盾しているようでいて普段から確実に潜在している真実。物の受け取り方は受け手とその時の状況で変わるという狂気的感覚に、怖さと複雑な心境が混在していた。個人的にいちアート作品として純粋に一番綺麗だと感じた作品でした。
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 平川恒太「ブラックカラータイマー」

これ全部電波時計なんですけど、黒く塗りつぶし、原発事故収束に従事した人を書いたもの。刻む針の音が心音とシンクロし、見えるようで見えない、それでも目を凝らし、角度を変えると見える事故というものの事実を垣間見た。

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アイザック・ジュリアン「プレイタイム」

64分に及ぶ映像作品ながら観入ってしまいました。そしてほとんどの人が同じような状況で。今の時代を象徴しているような内容で、資本主義と言いながらその資本はどこにあるのか、幸福と貧困、生活と生きることとは。ある種ゲームの様な世界で何を指針に生きていくことが必要なのかを問われた気がします。

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Chim↑Pom「REAL TIMES」

原発事故という最悪の事態に際し、危険を冒してその現場を目指し旗を掲げる様子はさながら宇宙や見果てぬ土地に到達した、冒険の記録なんじゃないかと錯覚してしまうほど。その違和感を感じながらも呆然と観てしまった。

序盤で、「情報は常に二次的であって恣意的なものになりがちだ」的なことが書かれていたが、それらをアートに昇華するということは三次的であって、フィルターを通せば通すほど、リアリティからはかけ離れていくんだと感じた。人伝で物事を聞くとちょっとずつ歪んでいくように。

同時に個人にとって惨事的な事が起きた場合はいつでも、マクロがミクロを凌駕し、俯瞰した視点で呆然と見るしかないんだろうなと思った。

そこから徐々にその状況を理解し、ミクロの視点で物事を認識していく。面白いのがそういった惨事的な状況ではそれが自然とできるのに、日常ではできないところが笑える現象だと思う。

単純に嫌なことが起きればその全体像だけを見て判断し、その原因や問題を見ようともしない。それどころか感情的になり、負のループに陥るのがおちな気がする。

廃墟に惹かれる理由も何となくわかった気がして、とにかく色々と面白い展示でした。

CURE

普通だと思っている人間ほど怖いのかもしれない。

「CURE」


「CURE」予告

奇妙な殺人事件が立て続けに発生していた。それぞれの事件の犯人につながりはないが、犠牲者の首から胸にかけてがX字型に切り裂かれていること、いずれの加害者も事件直後に犯行現場付近で逮捕されること、そして犯行の直前まで犯人に明確な殺意がなかったことが共通していた。

やがて、一連の事件に関連のある人物として記憶喪失の放浪者、間宮が浮かび上がる。マインドコントロールによる猟奇殺人を描くサイコサスペンス。

 この狂気じみた空気感はどこから来るのか。黒沢清監督作品の特長だと思われる「なんとなく不穏な感じ」。本作はその真骨頂といえるべきところがあって、ゆえに名作とよばれているんだと改めて感じた。

普通の人間が内包する、善と悪、この映画を通して感じるのが異常と正常、主観と客観、幸せと不幸、といった相反する二元論を独特な切り口で見せている点が非常に面白い。

人の色々な境界線って、意外にあいまいだし、それが人間である気もする。本作で間宮が度々問いかけてくる「あんた誰?」という問いに明確な答えが見出せない作中の人々がおり、同時に自分自身で自問自答してもその答えがわからないといった作りもある種の恐怖を抱かせる。

視覚的、聴覚的に不安を煽る手法は黒沢監督の十八番だと思うが、本作でも存分に、いや充分過ぎるほどに堪能できる。

本作の「CURE(癒し)=解放」と捉えられる構図も面白くて、自我を抑え、社会に適応しようとした結果、殺人を起こし、社会不適合という結果に陥ってしまうくだり。

先ほどの相反する二元論の話じゃないけど、人間心理って全てにおいて振り子のような構造をしていて、抑え込まれた感情はいずれ形は違えど噴出するという、怖いようでいて誰しも無意識にやってしまっている行動を淡々と見せる演出にどぎまぎする。

中盤の食事シーンが最も印象的で、不安や焦り等の感情から食事が全く手につかない、それがラストでの食事シーンでは見事に間食し、コーヒーまでもらってしまう。表情も穏やかになっている気がするので、一見するとまともな感覚を取り戻したように思えてしまうんだけど、それ自体がサイコパス

サイコキラーを描いたサスペンスものと捉えてしまうとそれまでだけど、それ以上に日常に潜む正常と言う名の異常性こそが最大のサスペンスな気がする。

CURE [DVD]

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CURE キュア [DVD]

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アーセナルvsチェルシー

ベジェリンの状態が心配だ。

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テンション上がるビックロンドンダービーですが、最近調子が下降気味の両者。

開始早々かなりのハイプレスと強度のある守備でチェルシーを封じていたあたりは前節からの進化を感じさせます。

ジョルジーニョの抑え方も心得ており、ラムジーがきっちりマーク、背後にはトレイラも控え、準備万端です。

その甲斐あってチェルシーによる前線へのボール供給はダビドルイスのロングフィード頼りです。まあそれによって若干の危ういシーンもありましたが。

アーセナルの攻撃はラカゼット、オーバメヤンを中心にラムジー、ベジェリン、コラシナツが絡んで良い連携が出来ていたように思います。やっぱ熱量なんですかね。全体的に前節と別人のような動きだった気がします。

一点目ののラカゼット弾、ニアハイに蹴り込んだシーンは爽快でしたね。

二点目のソクラテスからのコシールニーもCBと思えぬフィードからの気持ちで押し込むヘッド?最高でした。

とにかくインテンシティの高い試合展開で、後半はバテてきたものの、あれを90分やり切るのは無理というものです。それでも、エメリのやりたいサッカーが見えた気がしたのでそれは収穫かと。

とはいえ、ベジェリンのような怪我は心配です。確実に重症だと思いますが、疲労によるものなのか、強度の強さによるものなのか、さすがプレミアといったところを嫌な形で見せられた格好です。

エジルの去就も気になるところですが、とりあえずの完勝、負傷者をどうカバーするか、そしてモチベーションをどう維持するのか、この辺を見守りたいと思います。