『命売ります』
「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。当方、二十七歳男子。秘密は一切守り、決して迷惑はおかけしません」
目覚めたのは病院だった、まだ生きていた。必要とも思えない命、これを売ろうと新聞広告に出したところ……。危険な目にあううちに、ふいに恐怖の念におそわれた。死にたくないーー。三島の考える命とは。
三島痛快のエンタメ作品。
晩年に書いたということもあると思うんですが、この人は表現の幅が本当に広い。
現代的でいて、ドラマのような痛快さというのはむしろ今の時代にもふさわしく、深層的なテーマ性と相反するような軽快でポップな物語。
前半と後半で異なる主人公目線の心情変化も面白く、生き様というか死に様、あってないようなものと知りつつ、徐々にその輪郭が見えてくる部分も三島の語り口ならではなのではないでしょうか。
タイトルにもある通り、命を売るということで問われる社会との関わりが描かれていくわけですが、本当にその真理に触れるような描かれ方が妙なリアリティを伴い、なんでこんな心境がわかるんだろうと思ってしまう。
そうしたことを言語化出来てこそ伝わる部分もあるとは思いつつ、それでも真に突き詰め想像してこその発想なんだろうなとも思う。
それと相反する形での奇想天外な物語とも相性が良く、今でこそよくあるピタゴラス的なリンク性、必然性を持って全てが繋がってくる作りも面白い。
このバランス感覚があればこその気持ち良さがあるのは間違いないのですが、三島作品だけに、それだけに寄らない独特な言語感覚とのマッシュアップが心地良い。
死というものを考えた時、意味のないものと捉えるのか、意味あるものと捉えるのか、はたまたそのどちらでもない間の子をとるのか。
羽仁男の歩む過程を見ていると心の持ちような気もしてくるものの、ラストを考えるとそうとも思えない気もしてくる。
終わり方も秀逸で、余韻を最大限に拡張させるような後引。
実人生において綺麗に終わるものは無いわけで、地続きに続いたまま、ほんの一瞬のものだったというのがお決まりな気もしている。
あくまでも人の人生なんてほんの一瞬の出来事なわけで、どこの空を見ても同じ空が見えているように、ラストで見る星というのも一瞬の輝きであってその端、光の到達は相当な年月を掛けて届いているような。
まあ兎にも角にも現代にもハマるエンタメ小説として気楽に楽しむのにもってこいの作品じゃないでしょうか。
実際、当時週刊プレイボーイに連載されていたとのことなので、軽快にサクッと読めてしまうはず。
では。
8丁度、雪の日に
118あの美しい欅の梢
159人生も政治も案外単純浅薄
170人生が無意味だ
182自分は精魂をつくして
187すべてを無意味からはじめて
206喜びも楽しみも
238やはり人間にとって