『音楽』
発刊されたのが昭和45年。
当時の状況がここまで現代的に見えるのは、先見の明があったからなのか、はたまた過去から現代はさして変わってないからなのか。
ともあれ、三島作品でこうした現代的なものは読んだことが無かった身としては驚きしか無いというのが初見での感想でした。
文体自体も難しいものは無く、言葉選びに関しても専門的な語は除き、あくまでも日常に沿ったような口語的文章。
手記という体裁を取ったというのも影響しているかと思うんですが、それでもここまで読みやすく、かつテーマとしても現代的なエッセンスが詰まったものを担っているというのが驚きでした。
精神疾患というとそれこそ最近でこそ色々と取り沙汰されるようになってきましたけど、自分自身が小さかった頃でさえさほど聞かなかったことを考えると、よくここまで練られた文章を書けるなと思うわけです。
しかもミステリー仕立てのストーリーに、遠慮の無い切り込んだ設定。
三島作品のどこに転んでも容赦ない展開というのが私自身の好きなところでもあって、以前書いた文体の美しさに並び、この遠慮ない設定や展開が好きなんですよね。
その意味で、本作でも硬いテーマでありつつ、その内に潜む遠慮ない現実こそが毒々しくも見るものを虜にしてしまう。
当然人を選ぶというのは前提としてありますが、私としてはその辺の物言いが好みでして、ある種グロテスクなものほど確信に迫っている印象を受けるんですよね。
本作では精神分析医の一人称による手記を中心に弓川麗子という女性についての疾患を紐解いていく形式なんですが「音楽」というタイトルにもあるように、それを媒介としての精神、肉体の状況や関係性を解いていく面白さ。
序盤こそ音楽というものが意味するところや、麗子を中心とした登場人物達のわからなさがあったものの、読み進めるうちにぼんやりと一本の線のようなものが見え、徐々にハッキリとした輪郭を伴ってくる。
音楽という感情に訴え、芸術的な側面が大きいものを媒介に潜在化した内面を表現するというのもハイコンテクストな描き方だなと読み終えてからも感慨深い。
三島のそういった文化的、内面的な理解と表現というのも好きなわけで、当時の時代性と自己の認識を上手いことミックスした独自の感覚もさすがだなと。
こうしたエンタメ要素を含んだ作品も書けたのかと思うと一層懐の深さを感じるわけで、その意味でも是非一読してほしいところです。
では。
14整った顔だが
39私は不感症という
90一瞬の直感から
92ヒステリーとは、多分
124不幸が不幸を見分け
132彼の肉体的な無能力が
146不能の人間の
170女の肉体は
185「性の世界では
226人間精神は