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波と人生の響き: 映画『ハートブルー』が描くサーフィンと人間の本質

サーフィンはスタイルやカルチャーなのか、それとも人生そのものか。最近サーフィンをしているとそんなことを思うことがある。

「波と人生の響き: 映画『ハートブルー』が描くサーフィンと人間の本質」


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キアヌ・リーブスパトリック・スウェイジ共演のアクション映画。

カリフォルニアのベニスビーチ周辺で、元大統領のマスクを被った集団による銀行強盗事件が続発。その手口から犯人はサーファーではないかと推測したFBIは、新人エリート捜査官ユタをサーファーグループに潜入させるが……。

メガホンをとるのはアクション映画を得意とする女性監督キャスリン・ビグロー。海や空を舞台に繰り広げられる迫力満点のアクションシーンは必見。

素晴らしくパワフルでエモーショナルな映像で始まる冒頭のサーフシーンは最後のそれと合わせてみることで印象は変わってくるわけだけど、その美しさ、パワフルさ、自然というものの魅力がひしひしと伝わってくる。

キャスリン・ビグローの作品って、近年だと戦争もののイメージが強く、破壊的で内省的な、ズッシリとした印象がある気がするんですよね。

ですが本作はその印象もありつつ、あくまでも映画としての娯楽性を担保したような、それでいて深く問いかけてくる本質めいた何かがある気がして、改めてこれは名作だよなと思ってしまう。

サーフィン映画の肝って、映像としての美しさやインパクトが重視され過ぎだと思うんですが、本質はそれ以上に「バックボーンにあるリアルをどう表現するか」だと思うんですよね。

それは映像的にもそうだし、脚本的にも、演者的にも。

その辺のバランス感であったり、説得力というのが本作にはあって、まず映像が演出的それにならず、海というもの、サーフィンというものを緻密に捉えている。

自分もやるようになって思ったことだけど、サーフィンにおける海の存在って恵みであり恐怖なんですよ。

それを表現する上で「音」というのもキーになっていて、低音とアタックが効いた波のサウンドというのがそうした存在を見事に表現している。過剰過ぎてもチープさが出るし、足りなすぎると物足りない。

このバランスが良いんですよ。

脚本的なそれも似たようなところがあると思っていて、どうしてもサーフィンって粗雑さやパリピ感みたいなものがイメージとして出やすいじゃないですか。

でも、それも表面的なイメージに過ぎなくて、知れば知るほど、作中に出てくるボーディの思考に近づいていくというか。

もちろんそれは海におけるボーディの思考ではあるんですが、対峙するメンタリティみたいなものは理解できるよなと。

ジョニーとの会話でもその様はちょいちょい出ていて、「究極のものを手にするには究極の対価を」というようなセリフなんて正に彼の生き方を定義したような言葉。

これには当然良し悪しがあるわけですが、その根底にあるメンタリティはサーファーとして間々有り得るもの。

さらにそれを一層リアルに感じさせるのがキアヌ・リーブスパトリック・スウェイジ

演技もそうなんですが、サーファーとしての佇まいが板についており、キアヌ演じるジョニーなんて、どんどん面構えが変わっていく。

最初にボードを買った時に少年に言われた「サーフィン始めると人生変わるよ」というさらっとしたセリフが物語る本質的なカルチャーの浸透。

二人の関係性を見ていてもそれは明らかで、序盤から数回の交流を通して得られる友情めいたなにかというのも真実味があって良い。

サーフィンにはリスペクトという概念もあると思うんですが、そのリスペクトを通してこそ見える人間味であったり関係性。

この映画自体も表面をたどれば、エクストリームスポーツをとクライムもののハイブリッド作品に見えるけど、その実はもっと深いところを探っていると思うんですよね。

序盤でジョニーがタイラーについた嘘じゃないですけど「両親が死んで気づいた。誰かに引かれたレールの上を走るんじゃなく、自分の人生を生きるべきだ」的な話もあながち間違っていないよなと。

人生に生きる意味や目的は無いかもしれないけど、愛する人のためとか目指すなにかのためとか、そういった根源的な何かがあるからこそ生き得る。まあそれがなくても生きられるわけだけど、そこにこそ人生の喜びはあるのかっていうね。

ジョニーとボーディも別の形で出会い、別の形で育てばもっと違う関係性に慣れたのかもなと思ってしまう。

それでもラストシーンにおけるボーディへの態度はFBIとしてのそれでなく、確実に友人であり、サーファーとしてのものであり、そこに痺れるわけです。

ちょっとサーフィン的な部分が多くなってしまったんですが、映画としてのこの作品の良さも当然あるわけで、そこも少々。

まず、カットの割り方がテンポ良いですよね。

サーフシーン然り、強盗シーン然り。アクションにおけるカットの割りかたや、クローズの仕方に無駄がなく、どんどん作品にライド出来る。

単純に気持ち良いんですよ。

スカイダイビングもそうですし、銃撃戦もそうなんですが、どこか緊迫感というか、手に汗握る感じ、突き抜けた映像的な視覚効果があり、大画面で見たらさぞ興奮するんだろうなと。

あとは構成ですよ。

前半パートのわちゃわちゃ感からうって変わっての後半パート。

この辺が完全に分断されてないっていうのもポイントですし、これを見事に繋いでいるキャラがいるんですよ。

そう、ジョニーの上司役のパパスです。

彼がメチャクチャ良い感じに機能していて、メンターとしての側面もあり、バディとしての側面もあるっていう。

彼がいることで、物語の起伏にも一助となっていますし、FBIとサーファーコミュニティとのつなぎにもなっている。

これを演じているゲイリー・ビジーも見事でしたね。しかもビッグ・ウェンズデーにも出ているっていう共通項。

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意外だったのが、製作総指揮にジェームズ・キャメロンが関わっているっていうね。

久々観て、タイトルをぼーっと観てたら書いてあって、あれっと思ったんですが、関わっていたんですね。

あのラストの展開もわかってるなと思ってしまったんですが、ジョニーがボーディにVaya con dios(長い別れの際に使われるスペイン語の「さようなら」と言って去る際、他の警官は「何やってるんだ、戻ってきたら逮捕しろ」とか言ってるんですが、あの波を見て帰ってくると思うか思わないかがサーファーとそうでない人の差。

さらにその後ジョニーがFBIバッチを海に投げ捨て、結果、生きたいように生きるために、このバッチはいらないとするところも気概があってカッコ良い。

余談ですが、サーフィンにまつわる小ネタとして

サーフィンが重要な主題である映画だが、主人公のキアヌ・リーブスはそれまで未経験であり、相手役のロリ・ペティに至ってはサーフィンはおろか海で泳いだ経験すらないという状況で、パトリック・スウェイジのみが経験者であった。

3人はプロサーファー、デニス・ジャービスの指導の下、ハワイのカウアイ島で特訓を受けて撮影に挑んだ。

とのこと。やはり演者も伊達じゃないですよ。

そんなわけでまだまだ語りたいところは沢山ある作品ではあるんですが、見るは易し、語るは難しで、これからも何回も観て肉付けしていけたらと思っています。

では。