「奇想天外な世界!色彩美が見せる異次元映画の最前線『哀れなるものたち』」
「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説を映画化。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされた。
不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。
プロデューサーも務めるストーンが純粋無垢で自由奔放な主人公ベラを熱演し、天才外科医ゴッドウィンをウィレム・デフォー、弁護士ダンカンをマーク・ラファロが演じる。「女王陛下のお気に入り」「クルエラ」のトニー・マクナマラが脚本を担当。
久々に食らいました。
ヨルゴス・ランティモス監督作品なので何かしらあるとは思っていたんですが、全てが予想の斜め上過ぎました。
この監督はなんなんでしょう。「ロブスター」で初めて衝撃を受けたんですが、その後も変な世界を描かせたらピカ一。
映画というフォーマットを最大限に使って見たことない世界を見せてくれます。
スケールがとか、ストーリーがとか、映像がとかですらない。そういった枠組みを超えた、映画としか言いようのない世界観。
作家性が強く出ているのは間違いないんですが、他の作家性がある監督とも一線を越すような、説明し難い特異性があるんですよね。
映像、音楽、美術、役者、物語、色彩、構図。そういった全てが巧みな一つのパレットで調合された芸術作品そのものとでも言いますか。
ちなみに今作は初の原作有り作品らしいですね。それを軸にベラの物語と彼女の視点についてフォーカスして制作したとのこと。ベラに焦点を当てたことでより物語への説得力というか没入感を高めていますよね。
ベラ演じるエマ・ストーンが素晴らしいから言えることではありますが。
脚本のトニー・マクナマラも素晴らしい構成力で、監督曰く、彼の最大の強みは”セリフ”とのこと。
確かに印象的な言い回しやシーンが多かった気がしますね。独特のテンポ感があるというか。
アラステア・グレイは1934年にスコットランドのグラスゴーで生まれた。
スコットランドを代表する小説家、画家、劇作家、脚本家として知られ、30年近くの年月をかけて完成させた長編小説『ラナーク』が高く評価され、一躍英文学の主要作家の一人となった。
リアリズムとファンタジーが混在する作風が特徴で、自筆のイラストを装幀や挿絵に用いることでも知られていた。
代表作に『ラナーク』のほか、社会派小説として高い評価を得た『哀れなるものたち』がある。数々の文学賞を受賞し、2019年に死去するまで、名実ともにスコットランドを代表する小説家として活躍した。
そんな本作、冒頭の引きからしてヤバいんですよね。
なんてことないベラのバックショットから始まるんですが、カメラワークと構図のバランスが見事で、その時点で隅々まで目がいってしまう。
そこから始まる物語にしても、事前知識を入れないで見れば、展開が全く予想できず、今何が起きているのかも理解出来ないんですよ。
正確にはどの方向に向かっているのかがわからない感じ。徐々にその世界観に入っていけば見えてくる景色があるものの、予想をことごとく裏切っていく展開。
というより主人公であるベラが裏切っていくんですよね。
そんな感じで、いきなり物語に入ってしまったんですが、この物語、まずもって大筋である、あらすじを押さえないと話が見えてこない気がします。特にここらへん。
不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。
まぁこれを押さえたところでというのも本音のところではあるのですが。その問い自体が物凄く深いんです。
体と脳が異なる時、人はどちらの個を尊重するのか。
面白いのが、それだけでも突飛なテーマなのに、それ自体にはさほどフォーカスせず、むしろそこから生まれる社会性や権力といった一般性にフォーカスを当てていくんですよ。それも観たことない形で。
「ヤング・フランケンシュタイン」や「フランケンシュタイン」をモチーフにしてる部分もあるそうなんですが、フランケンシュタインは怪物として人を恨み、殺そうとするじゃないですか。一方この話のベラはあるがまま受け入れ、自分が変わっていくというところが大きく異なると思うんですよね。
背景にあるのは、”生み出した人間の対象者に対する思い””というものが大きく関わっているのかなと。
つまり、愛情は見えないけれど、必ず相手に伝わっているということ。そう考えると人ってつくづく不思議な生き物だなと思わされます。
そんなことを思いつつ、それ以上に終始ぶっ飛んだ展開の連続なわけですよ。
冗談抜きで目が離せないですから。
ちょっとレベルが高過ぎてどこから書いたらいいのか悩むんですが、まず演者ですよね。
主演のエマ・ストーンは前作からのタッグのようですが、今回は制作側のスタッフとしても関わっているとのこと。
それにしても演技の幅と質が異常ですよ。
序盤の子供じみたところから終盤での知性ある女性への変貌。
この表現であったり、その間にある突飛な部分も尋常じゃない振り幅。これはあくまでも褒め言葉ですが、監督との相性、作品との親和性無くして得られないほど、それくらい素晴らしい演技だったんじゃないでしょうか。
同様にゴッドウィンを演じたウィレム・デフォーも唯一無二。
ここ最近の彼が出ている映画は役の広がりが半端ないですが、とにかくどんな役でもオリジナリティを損なわずこなせてしまうところ。
本作での天才外科医も彼なくしては不可能だったんじゃないかと思えてくるほどのはまり役。
あの存在感堪らんです。
他の演者も全員素晴らしかったんですが、長くなるので特に良かった二人を。
それから美術や衣装ですよね。
スチームパンク調の街並みであったり色彩豊かな美術や衣装。
物語の舞台設定は19世紀後半。衣装に関しては監督の要望で70年代のディティールが多いようですね。
世界観との調和がそっちの方がイメージと合うと判断したんでしょう。
とにかく色彩表現の豊かさと作り込みが異常なんですよ。
監督とエマ・ストーンのインタビューにも色々と面白いことが書かれていて、リスボンのセットなんて全体を歩くのに30分もかかるらしいですよ。
時代を明示しつつもそうでない要素を組み合わせるというのも現実とはある種切り離された寓話性や比喩といった表現をしたかったからとのこと。
それにしても美しい画作りで。観終わった後も余韻が残る映像美なんですよね。
中でも、序盤のモノクロからのカラーへの変遷、これがまた見事な物語上の構成にもなっていて、映像的にも美しいトーンという。
世界の広がりであったり、アイデンティティの構築であったりという感覚を色彩表現で見せる。
その色彩表現がおとぎ話のような美しさを併せ持っているって最高じゃないですか。もはや映像のドラッグですよ。
それと極めつけは音楽。
ジャースキン・フェンドリックスという方が手掛けているらしく、全く知らなかったんですが、ホント独特の音作りで、作品と合う合う。
頻繁に出てくるベラのテーマの音階とテンポの独特さ。耳に残って離れんのですわ。
それ以外の楽曲も全て素晴らしく、劇伴を作ったことが無いとは思えないクオリティでしたね。
しかも、脚本を読んでもらい撮影前にすでに音楽は完成していたというんだから驚き意外の何物でもない。
その意図ややり方、監督の作家性と先見性にも恐れ入りますが、それを見越して依頼するのが凄過ぎる。
監督自身、音楽を映画の中の登場人物の一人と考えていると語っているところからも、そのこだわりを感じますよね。
サントラも全編オススメなので必聴です。
とまあここまでざっくりとですが、これは百聞は一見に如かず映画。
絶対劇場のサウンド、映像で観た方が良いので、映画世界に迷い込みたい方は是非。
余談ですが、パンフレットも相当期待できるもののようですよ。気に入った方は購入されてもいいんじゃないでしょうか。
それでは。