衝撃的だがどこかコミカル。
『イレイザーヘッド』
鬼才デビッド・リンチ監督のデビュー作。
悪夢のような出来事に見舞われ正気を失っていく男を、全編モノクロ映像でつづる。
消しゴムのような髪形から「イレイザーヘッド」と呼ばれるヘンリーは、恋人から肢体が不自由な赤ん坊を産んだことを告白され、恋人との結婚を決意する。
ところが彼女はおぞましい形相の赤ん坊に耐え切れずにやがて家を出てしまい、残されたヘンリーは1人で赤ん坊を育てることになるが……。
1981年に日本初公開。93年に完全版が、2009年にデジタル・リマスター版がそれぞれ公開された。
リンチ作の中でも何となく敬遠していた作品だったんですが、最近のリンチ熱から勢いのまま観てみることに。
予想の斜め上をいく展開と映像、そして画面内の情報を削ぎ落したモノクロ表現。ずっと何かしらのノイズが入った映像体験でヘッドホンは必須アイテム。さらに部屋を真っ暗にした状態にして観ることを最低レベルの視聴環境としたい作品でした。
とにかく細かい音、表現へのこだわりが見える作品で、世界観に浸れるかどうかが好き嫌いの境界線のような気がします。
驚きだったのがそのコミカルさ。
暗いしモノクロだしで全く盛り上がりの無い作品ながら、所々に挟まれる『これ正気か』と思わせるようなシーンに思わず笑ってしまう場面が多数。
いくつか挙げると、『彼女の家で料理を混ぜているシーンでの自分で混ぜないで祖母に混ぜさせるところ。祖母の手を使って自分でやるとかどういくことなん』とか『その後の食卓で鳥を切る際、お母さんの眼が逝ってしまうシーン』とか『ヘンリーの首がもげるシーン』とか他にも挙げれば結構ある笑えるシーンの数々。
作品内での演者たちは至って真面目ながら客観的に観ているこちらはシュールなかぎり。
この仕掛けが意外に効いていて、『子供が出来る』という未知との遭遇を、男性目線で純粋に描くと、わからんでも無い不条理と不思議に満ちているところがあり、なんともモヤモヤした感覚があるのも事実。
その辺のバランスをそれこそ剥き出しに表現するとこうなるのかもと思わせるところにカルトと一般性のアンバランスさが同居しているように思います。
それにしてもあの赤ちゃんのビジュアルであったり造形はどうなっているのか。その辺に関してはリンチ自身も語ることは無いと言っており、あの時代にあのクオリティは驚きしか無いというのが正直なところです。
その後の作品につながるようなリンチの世界観がストレートに垣間見える作品としては純粋に分かりやすい仕上がりになっているんじゃないでしょうか。
リンチ自身も自分の意向を100%反映させた最高傑作と語るだけのギミックが詰まったリンチ全部乗せ作品。
リンチ入門編としてはおすすめしませんが、ブルーベルベットやツインピークスなど、彼の世界観がハマる人ならば見事に浸れる作品じゃないかと思います。