恋は劇薬。
「ブギーナイツ」「マグノリア」のポール・トーマス・アンダーソン監督の第4作。
食品会社のマイレージ・キャンペーンの盲点を突き、プリンを大量に買い込んで金儲けした男の実話を元に、7人の姉に抑圧されっぱなしの真面目だがサエない男が、運命の恋に出会っての大騒動を描く。
アダム・サンドラー扮する主人公と恋人の純愛場面で流れる曲は、ロバート・アルトマン監督の「ポパイ」でオリーブ役シェリー・デュバルが歌った歌。
ショッキングな演出とゴージャスでメロウなラブコメが交互に訪れ、ラブロマンスなのにミステリアスな要素が入り混じる、異様な作品。
まあポール・トーマス・アンダーソン(PTA)作品にはありがちな演出で、夢現というか、脳天を揺さぶられるような演出は本作にも健在。
本作はテーマがテーマなだけに、余計にそのエッジが効いて見え、その過激さに唖然としてしまうシーンも多数有りました。
それなのに引き込まれてしまうところがPTA作品といいますか、彼の作品って無性に目が離せなくなってしまう魅力があるんですよね。
はっきり言って冒頭のトラック転倒シーンやリナの家にキスをしに戻るシーンなんてラブでも何でも無い、ただのホラーですし、バイオレンスに相手をぶちのめすシーンもそう。
そういうシーンをちょいちょい挿みながらも、押さえるところは押さえて、ラブロマンスに昇華させるから、さすがの手腕と言わざるを得ません。
演じているアダム・サンドラーとエミリー・ワトソンの感じも良くマッチしていて、パンチドランクラブ(一目惚れ)してしまう説得力が半端ない。現状であったり周囲に不満がある状況でふとしたきっかけがあればそれは当然というもの。
直観的に恋に落ちてしまう瞬間はあるものの、それを超えた、この人しかいない感というのは中々出会えるようなものじゃないと思う。その唯一無二な感じが場面を通して伝わってくるし、その出会いから過程、結末に至るまで、お互いの気持ちが手に取るように伝わってきて、お互いがお互いに惹かれる理由が感覚的に理解できる。
異常にも思えるラブシーンでの掛け合いも、言葉では無く、感覚で共感できているからこそ。
あれを上っ面でやろうと思うと途端に胡散臭さというか真実味が欠けるだろうし、嫌味が出る。それを全く感じさせないのはそれまでの積み上げがあればこそじゃないでしょうか。
白昼夢にも似たような夢見心地な展開は、バイオレンスやショッキングな場面含めて混沌とした物語に引き込んでくれますし、常にザワザワするような感覚であったり、安心できない演出が挿まれるので、見ているこちらも全く安心して観られない。それが良い揺さぶりとして機能していて、夢の様な物語に身を任せられるというのが逆に魅力的。
画面上の効果もそれに一助していて、フレアやハレーションだったり、サイケデリックなカラーノイズなどが入ってくることでファンタジー感も出てくる。
DVDのジャケットにもなっているシーンの様なシルエットと背景のカラーリングを生かしたショットも見事で、そのシーンだけは上に書いたような過激な演出を忘れ、むしろうっとりした感すら漂う。
構図にもこだわりがあるようで、他作品含めて『人の目線』を意識したカットなのも面白い。不自然に右端に寄っていたり、高さが異様だったりと映画作品の定石よりも登場人物により近い視点でで見せるところはさすが。
単純なラブロマンスを観たい人には勧めないけど、何かしら孤独や悩み、コンプレックスを抱えた人にはぜひ勧めたい作品じゃないでしょうか。
ちなみにPTAの全作品を網羅したこちらの本も発売されているようなのでPTA好きな方は是非。個人的にももう一度他の作品を観返してみようかと思います。