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人間関係の深さと愛の奥深さの集大成『ビフォア・ミッドナイト』

三部作あってこそと思わされる人生の深み。

「人間関係の深さと愛の奥深さの集大成『ビフォア・ミッドナイト』」

ポスター画像


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リチャード・リンクレイター監督、イーサン・ホークジュリー・デルピー主演の人気ラブロマンスシリーズ第3作。

列車の中で出会ったアメリカ人のジェシーとフランス人のセリーヌが、夜明けまでの時間を過ごした「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(1995)、同作から9年後の2人を描いた「ビフォア・サンセット」(2004)に続き、前作から9年を経た2人の現在を描く。

双子の娘に恵まれ、パリで一緒に暮らすジェシーセリーヌ。2人は友人に招かれてバカンスのためギリシャの海辺の町へやってくるが、ジェシーは元妻とシカゴで暮らす10代の息子が気がかりで、セリーヌは環境運動家としての仕事に不安を感じており、それぞれ頭を悩ませていた。そんな時、ジェシーアメリカへの引っ越しを提案したことから、2人の会話は夫婦喧嘩になってしまい……。

この作品は2作目からさらに9年後。

演者も変わらず設定も変わらず。

変わったのは年齢と場所と状況のみ。

本当に人生って深いなと思わされるんですが、人生って、そもそもが「人間同士の関係性」で成り立っていると思うんですよね。その関係性の歴史が人生を構築していると言えるほどに。

一人で楽しむことも、一人で満足することももちろん出来るんでしょう、でもそれはあくまでも人生の一部でしかなくて、大部分を占めるのはその関わりある関係性を豊かにしてこそなんじゃないかと。

主演の二人も作品内で41歳。

自分も徐々にその年齢に近づきつつあり、重層的な関係性や、出来事の親近感がシンクロしてくるんですよね。

一番最初に本作を見た時(大学生だったかな)とは間違いなく違う、感覚や気付き。

年を経て得るものや失うものがあるわけですが、ともに形を変えて自分の中に蓄積されているものなんだと思わされます。

印象的だったのが「人生の儚さ」。

このへんが登場人物たちの発言や出来事に表れてくるわけですが、そのことを一番表現していたのが老婦人の言葉。

「亡くなった旦那のことを想い出すが、段々と思い出せなくなり、小さなことは忘れていってしまう。そのうち日の出や日の入りのようにほんの束の間だけになってくる。

それが自分たちの人生もそうで、この世に姿を現しているのは実際のところ一瞬に過ぎず、それもまた過ぎ去っていく」

そんなようなことを言っているんですが、ホントそうだよなと。

結局永続的なことなんて何もなくて、全てはひと時のことにすぎない。そう考えると人生って儚いよなと思うわけです。

結局恋愛をとっても永遠の愛なんてどこにあるかわからず、その過程で色々と道を踏み外したり、突き進んだりしていくわけですよね。

結果として繋がりが絶たれないところに愛があると言えるのかもしれないと思うと、深いなと。

終盤でジェシーセリーヌに言う「愛は完璧ではなくても本物であることが大切」というのもその通りなのかもしれません。

観ていく中でこの作品が他の二作と大きく違うなと思うのが、「揉めるシーン」が多いというところ。

そりゃ月日が流れ、関係性が深まれば深まるほど小さいところでの揉め事は増えますよ。

その部分が非常にリアルに描かれ、その中でこそ得られる気付きなんかが脚本上、よく構成されているなと。

それ以外にも前作、前々作での円環構造やあれって以前のこれのことだよなとか、言い換えや表現の変化などでのオマージュや繋がりを持たせている点も上手いなと。

そういった積み重ねの集大成としての終盤の展開は非常に胸アツでした。

1作目での出会いから作品内で出てきた話、そこから架空の手紙を通しての過去と未来、そして現在を繋ぐような展開。

それまでの連続した出会いから今までを包括し、関係性が絶たれそうな中でのあのやり取りは多くの人が見習うべきところがあるやり取りなのかもしれません。

正直、ともにダメな部分もあるし、それが原因で離れるのもありなのかもしれない。実際ジェシーは他の女とやってましたからね。

それでもその一続きの関係性を維持すること、それ自体の重要性と、その根幹には相手を思う「本当の愛があると示すこと」これに尽きるのかなと思わされます。

また時間をおいて楽しみたいと思います。

では。