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TAR ター

常に問われているのは自分自身。

『TAR ター』

ポスター画像

イン・ザ・ベッドルーム」「リトル・チルドレン」のトッド・フィールド監督が16年ぶりに手がけた長編作品で、ケイト・ブランシェットを主演に、天才的な才能を持った女性指揮者の苦悩を描いたドラマ。

ドイツの有名オーケストラで、女性としてはじめて首席指揮者に任命されたリディア・ター。天才的能力とたぐいまれなプロデュース力で、その地位を築いた彼女だったが、いまはマーラー交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんなある時、かつて彼女が指導した若手指揮者の訃報が入り、ある疑惑をかけられたターは追い詰められていく。

アビエイター」「ブルージャスミン」でアカデミー賞を2度受賞しているケイト・ブランシェットが主人公リディア・ターを熱演。2022年・第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、ブランシェットが「アイム・ノット・ゼア」に続き自身2度目のポルピ杯(最優秀女優賞)を受賞。また、第80回ゴールデングローブ賞でも主演女優賞(ドラマ部門)を受賞し、ブランシェットにとってはゴールデングローブ賞通算4度目の受賞となった第95回アカデミー賞では作品、監督、脚本、主演女優ほか計6部門でノミネート。

予想以上に斜め上をいく作品でしたね。

前情報から強烈なインパクトのある作品ということだけは知っていたんですが、想像以上の作り込みと完成度。

まずもってポスタービジュアルからしインパクトありますよね。黒バックにこの角度から撮るかと思ってしまうような構図、チラシを手に取って気付いたんですが、この紙自体の質感と存在感もかなりしっかりと作られている。

そのハマり具合も作中のキャラクターと良く合っていますし、クールでミニマル、ポスターが映画を秀逸に表現できているなと。

この映画って、それこそ観る人、時間、テンション、コンディション、あらゆる視聴者の環境によって見え方が変わってくる作品だなと思うわけですが、個人的に見たファーストインプレッションは”コントロールすること”についての問い。

冒頭からエンドロールに始まり、ド儀間を抜かれるわけですが、そこからわけもわからず対談へと進みます。

よくわからないままに色々と考えさせられ、かなり集中して観ても、初見でどれだけ理解できるのか。

そこからもケイトブランシェット演じるターの凄さに圧倒されつつ、所々に違和感を感じたり、共感したりしながら進むストーリー。

何事もそうだと思うんですが、物事に一側面しかないことってそう無くて、多角的な面があるのが普通だと思うんです。

なのにこの作品を観ていると、コントロールでもされているんじゃないかと思えるふしがあり、色々とわからなくなってくる。

物語自体もこれといった方向性があるわけでも無く、あるのはターを中心とした個人的エピソードが進んでいくだけ。だからこそ起きていることから考えるしかなく、わからなさが際立ってくるということもあると思うんです。それもあり、コントロールされているように感じるのかなと。

でも、確実に操作されている感じがあり、後半にかけて、ターに起きる予想外の展開からそれが確信に変わってくる。

冒頭のインタビューで言っていたこと、学生との問答、子供のいじめに対する対応、そして何より、オーケストラにおける指揮者という立ち位置そのもの。考えてみれば、指揮者というのはオーケストラを統括し、時間やニュアンスをコントロールしながら”音”というものを塊として表現するコンダクターであり支配者。良し悪しではなく、支配するということが求められるわけで、導き手がいなくては点が線、ひいては面になり得ない。

このコントロールが映画そのものに仕掛けられたと思った時、妙な納得感があったというか。これに気付かされるきっかけというのが時代であったり世代、一人の力では到底コントロールしきれない大きな潮流であり、ター自身、そうした流れに流され、否応なく自分というものに向き合わされていく。

自分と向き合わされていたことを暗に示す、過剰なほどの鏡を使った演出も、世界の狭さ、歪曲性を映し出す、良い道具として機能している気がしていて、常に自分というものを確認、認識することが出来ているのか。それすらも確認されているような感があり、自分自身に問われているような気になってしまいました。

ラストへ向けての流れも良かったですよね。ラストシーンが意味することに関してはわからなかったですが、これも調べてみると実に面白い。

キャンセルカルチャーを扱い、今の時代だからこその視点で見るとどうなんだ、というようなテーマ性でしたが、これもまた数年、数十年後にどう感じるのかわからないということも踏まえると、非常に皮肉的で、面白い構造。

それにしても作品内でのター演じるケイトブランシェットは素晴らしいですね。

本当に指揮者としての風格、優美さを備えており、ジェンダーの垣根すら超えた、唯一無二の存在感を感じる。

ファッション的なところも見どころで、序盤のスーツを仕立てるカットや、着こなし、生地の高級感が伝わる見せ方もスタイリッシュ。ジルサンダーやサンローラン的な装いやシルエットを感じる構築美を備えており、映画全体に漂うミニマルさがファッションにも良く表れている。彩度や色合いのメリハリも凄く綺麗でした。

画的な美しさもあることで、シンプルかつセンスある感じが良く調和して見える。それをケイトブランシェットが演じるというのもこれ以上ないハマり役ですし、ジェンダーレスな雰囲気、指揮者としての佇まいも申し分ない。

サウンドにもこだわりを感じ、”体感する”というのがぴったりな劇場向け映画。

音に携わるということ。中でも指揮者のような敏感な感覚を持つ必要があるということを、理解ではなく、感覚として知覚させてくるサウンドコントロールも見事。

微細な音、ステレオで発せられる音、オーケストラにおける音の変化、自然界に存在する音、そのどれもが緻密に計算された配置なんだろうなと思うと、その凄さが一層際立ってくる。

書けば書くほど、気付きや語りたい気持ちが高まってくる作品ですが、それも込みで楽しめる映画と考えると、誰かと話してこそ完成する作品な気もします。

では。