以前から気になっていて年末年始の機会に行ってきました。
年末だったんですがコロナの影響下もあってか箱根はそこまで混んでいない感じ。まあ観光地としては混んでいる方なんでしょうけど、箱根の混みを知っている身としては全然空いている印象。
一方でポーラ美術館は初だったんですが、着いてみると意外に混んでいる。
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき~箱根ポーラ美術館編~』
駐車場はそれなりに空いていたことからバスなどで来る人が多いんですかね。
そんな感じで中を観ていたんですが、この『水』というものをテーマにしているのが面白くて、以前から写真を撮る際にも気になるモチーフとしてあったのが水。そして、サーフィンをやりだし、関わりが深くなったのも水。
面白いのがその状態によって形状も変えるし、個体として認識することも出来ないもの。なのに容器だったりに入れたり固体化することでは個体として認識できる。
最初の展示が↓のものなんですが、これがまた不思議。
ガラスの器に水が入っているのか、どういった状況なのかがいまいちわからない。この器が7,8個あるんですが、ものによって色も異なる。水だとするなら蒸発はどう防いでいるのか、水面に見えるところに明らかに人工物の様なものが浮いてるようにも見えるから謎。
ただその存在感含め、水というものの不確かさを感じ取ることができる。
タイトルにもあるように水の中にあなたを見るっていうのも人間の半数以上を水が占める中で、知性というものがあるから成り立つこの個体性。水と人なんて連続性を感じないのに実際は深く関係しているところとかも含めて非常に興味深い。
他にも透明なのに透過することで色があるように見えるし、見た目からは味もわからない。匂いもわからないし、どこのものかもわからない。
極めて不明瞭なのに、時として明瞭になるというこのアンバランスさ。
もう考えれば考えるほど謎は深まるばかり。
野原での座談会の様なフィルムが流れていたんですが、そこで語られていたことが面白くて、一番興味が湧いたのが『水の連続性について』。
「どこどこの川で人が死んだ」、「ここの海の水に物を落とした」そういったことって説明上は出来るけど、そこの水はもう別の場所に流れていて、もう当初の場所には留まっていない。そう考えた時に水を捉えることに意味があるのかという話があって、それは非常に考えさせられたし、面白い観点だなと思った。
とにかく動と静、捉えどころのない水というモチーフを起点に捉えられる視点の数々が面白く、日本で初個展ということもあるので、興味がある方は行ってみることをオススメします。
立地的な旅行感もありますし、箱根という場所とこのテーマ性の相性もいいと思うので。
ちなみに我々が鑑賞後出る時には雪が降っており、それがまた水の変化した形として、単純な光景として、かなり良かったです。
では。